痛みやコリが改善するのはあたりまえ
5年後も心と身体が元気でいられる
トライアングル整体が生まれた理由
それは、過労で倒れ、家族にも見放された
40 歳のあの日が、きっかけでした…
JACM認定カイロプラクタ―
この子を連れて
実家に帰ります
朝のボヤけた頭にその一言は強烈すぎた。
『この子を連れて実家に帰ります』
状況が理解できないまま、バイバイと手を振るあの子の笑顔が今でも目に焼きついている。
その時、私は営業マンだった。売上を上げればいくらでも給料は増え、中には社長より高給取りと噂される人も。
そんな会社にいた私は、子どもが生まれ土日関係なく働きまくった。『お金をたくさん持って帰る』これこそ、家族のためと信じて疑わなかった。
そして、ある朝、突然起きられなくなった。病院での診断名は『ストレス性の心身症』。今なら軽いうつ病とでも診断されたかもしれない。
仕事を休むと身体は楽になる。でも休んだ分は給料が下がる、だから休み明けは猛烈に働きまた倒れる、この繰り返しだった。
その頃は、家にほとんどいない状態で、病院と会社の往復だった。
そしてあの日、あの一言で本当に起き上がれなくなってしまった。
何をしても
ふさがらない
大きな穴
数日たっても帰ってこない二人。彼女の実家に何度電話しても、取り次いでもらえなかった。数週間後に届いた封筒を開けると、そこにはサインされた離婚届が。
離婚についての話し合いは、第三者を交えて。
彼女が望んだ生活は、「お金はなくとも家族で笑い、一緒に過ごせる生活」
私が目指した生活は、「欲しい物は我慢しない、お金に余裕がある生活」
これでは歯車がかみ合うはずもなく、彼女の決意も揺るがなかった。どうしても埋まらない溝、納得はいかなかったが離婚届にサインした。
それから数か月、一人残された部屋は、あまりにも大きすぎた。壁についた汚れ、カーペットのシミ、どれも昔を思い出してしまう。明かりのついていない部屋に帰ると、あびるように酒をのみ、そして泣いた。
次第に家に帰るのがイヤになり、今まで以上に仕事に没頭したが、心にあいた大きな穴がふさがることはなかった。
健康を届ける
仕事をしよう
仕事に没頭すれば結果はでる。でも、どんなに売上や給与があがっても心は満たされず、やりがいも持てなかった。
離婚して1年が経つころ、1人の生活にも慣れ、仕事もほどほどにセーブしていた。それでも体調は万全ではなく、薬だらけの病院での治療にも限界を感じていた。「このまま一生付き合っていくしか……」そうあきらめかけていた私を救ったのが整体だった。
整体院に通いはじめて半年、体調はみるみる回復。身体だけでなく心も落ち着きを取り戻し、『どうしてこんなことになったんだろう』と過去を振りかえれるようになった。
そこで、たどりついた答え。
同年代の倍以上の給料を手に入れたが、それは健康との引き換えだった。そして健康をなくすと、人生で一番大切なものまでも失う。
健康の大切さって、みんな気づいているのだろうか? お金や結果ばかり追い求めていないかな?
もし気づいていないのならば、同じように悲しむ人がふえしまう。
お客様の不満や不安を商品で解決する、そんな営業という仕事に誇りを持っていた。もうすぐ40歳。会社員としてはちょうど折り返し地点。
後半は『健康の大切さ』を商品にし、多くの人を笑顔にする、そんな新しいスタイルの営業マンになろう。
こう思えた時、心に大きくあいた穴がふさがっていくのを感じました。
この2つを
捨てる
後半を健康の仕事と決めた私は、仕事内容、資格の有無、業界の将来性など健康に関するありとあらゆる仕事を調べました。そして選んだのが『整体院で院長になる』こと。
いくつもの整体学校のパンフレットを取り寄せ、20校ほどの説明会にも参加。その中から選んだのが、東京都、神奈川を中心に合わせて20店舗もの整体院を展開している2年制の学校でした。
入学してまず驚いたのが、同級生はみな私より10~20歳くらい若い人ばかりだということ。先輩たちでさえ、ひと回り年下といった環境。体力や記憶力では勝負にならない、そう感じた私は、『肩書き』と『プライド』を捨てようと決意。
“40歳から畑違いの世界で技術を身につけ独立する”
そのために不要なこの2つは、箱にしまいカギをかけました。
その決断が良かったのか? 仕事にかける想いが強かったからか?
在学1年目のプログラムが終わる頃には直営院の就職が決定。担当する患者さんの数は順調に増え、あっという間にグループ全体でもトップクラスの担当数になり、その後は副院長を任されるまでに。その実績が認められ、新たな直営院の院長への道がひらけました。
ようやく手にした
夢の城
離婚のどん底を経験し、人生後半の仕事を決意し、夢にまで見た院長の地位を手に入れました。
学校の直営院でもあるこの整体院、立ち上げにかかった自己資金はゼロ。物件の契約から工事そして備品まで、費用はすべて学校が負担してオープンした夢の城でした。
オープンから半年くらいは、なかなか予約が入らず、夜中に何度も目が覚める毎日。1ヶ月で体重が5㎏以上減ってしまう状態でしたが、それでも踏んばり続け、営業時間後や休みの日にはチラシを近隣へポスティングする日々。その枚数は、毎月1万枚にもなりました。
その想いが通じたのか、患者さんが増え始め、オープン1年後には予約が2週間先までいっぱいの状態に。
こうなると、よい循環はとまりません。来院された患者さんからも「先生のおかげで楽になりました」と絶賛され、『ゴッドハンド』とまで言ってくれる人も現れました。その時の私はまさに有頂天でした。
しかし、そんな夢のような時間は長く続きません。大きな悲劇が訪れました。
ピノキオの鼻は、
勢いよく折れた
『先生、助けて!』と多くの方が駆け込んでくる。土日は朝から晩まで患者さんの施術で、昼食の時間も取れない状態でした。
とにかく1秒でも早く楽にしてあげなくては。この頃の私は、目の前にいる患者さんの症状をとりのぞくことで精一杯でした。
ところがある時、ひとりの患者さんに教えられたのです。
『先生、ごめんね』
『腰痛、せっかく治してもらったのに、また痛くなっちゃった』
ごめんね、だなんて……。謝らなくてはいけないのは私のほうなのに。
一度楽になったはずの患者さんが、再発して苦しむ姿を何度も目にする。人気の整体院長などと周囲から言われ、予約もいっぱいだったが再発も多い。
『症状』ばかりに目が行き『真の原因』にアプローチできていなかったのです。
この現実に気がついた時、それは高くした鼻が『ポキッ』という音とともに折れた瞬間でした。
これでは私も患者さんも幸せになれないと思い、あらためて自分の治療方法を1から見直し。自分に出した課題は『根本原因を見つけ、再発しない治療』でした。
人の身体は
食べたものでできている
課題を見つけてからは、いくつもの治療技術セミナーに参加。数十種類のテクニックを身に着け、新しい手技をとり入れましたが、再発率は変わりません。
困り果てた私を救ったのが『医食同源』という視点でした。『人間の身体は食べたものからできている』というこの考えは、目から鱗でした。
さらに、心と身体は繋がっているという考えをもとに、営業マン時代に身につけた『聴く力』を活用。患者さんとのコミュニケーションを重視し、初回のカウンセリングは時間をかけて行いました。
骨や筋肉だけでなく食事という視点を取り入れ、コミュニケーションを重視した患者さんに寄り添うスタイルへと変えました。この効果は大きく、再発率は激減し、患者さんの笑顔が増えました。
自信を覚えた私は、この治療スタイルを直営院に広めようと校長先生(直営院をを統括するリーダー)に提案。
しかし、ここで再び大きな悲劇が……。
50歳からの
新たなチャレンジ
校長先生との面談の席で聞こえてきた言葉は衝撃的なものでした。
『直営院は、学校で教えたこと以外やってはいけない』
『施術と関係ないことはしなくてよい』
そう校長先生に告げられて、言葉を失いました。
寝る間も惜しんで栄養学を学び、営業マン時代に資格取得した心理学のテキストを1から見直し整体院向けにアレンジした方法。死にものぐるいで、何年もかけ作り上げた治療スタイル。
すべては『患者さんを笑顔にするため』、そして私の目標であった『健康の大切さを届ける』ためにベストだと確信した方法でした。
どうしても諦めきれません。『自分1人でやるしかない』と決めました。
心の中では、不安もありました。この歳で新たに1人で事業展開なんて大丈夫だろうか?
このとき不安な私の背中を押してくれたのは、離婚後に離れて暮らす娘に胸が張れる仕事をしたいという想い、そして65歳からのフライドチキンを広める挑戦をしたこの1冊でした。
『まだ50歳、65歳に負けてなるものか』と何度もこの本を読み返し、気持ちを奮い立たせ、1,000万円以上の借り入れをし、50歳からの挑戦です。
『治す』の壁を
ぶっ壊す
営業マンからの転職、必死だった修業時代、独立までの葛藤。いろいろな経験をし、三軒茶屋の地で新しい整体院オープン。名称は三軒茶屋あおば整体院。
その『あおば』には、
あなたを
おうえんする
ばしょ
そんな強い想いをこめました。
三軒茶屋あおば整体院は、8種類の検査で根本原因を究明。検査結果をもとにオーダーメイドで施術計画を作成し『身体の構造×食生活×自律神経』3つの視点でアプローチします。
私たちはこの方法を『トライアングル整体』と名付けました。
このような手間ひまがかかるアプローチ法は、従来の整体院にはないスタイルなので、最初はなかなか理解されず悩みました。ですが、実際に受けていただき、その効果を実感した方からの紹介も増え今では、何度もくり返す不調に悩む多くの方に来院いただいてます。
あおば整体院の
挑戦
私たちは今、新たな取り組みに挑戦しています。
それは、『トライアングル整体』によって、痛みやコリを何度もくり返す人たちを元気にすること。そして『朝が来るのが楽しみ』そんな人を増やすこと。
私たちが目指すのは、『症状改善』ではなく『健康を手に入れる』ことなのです。
症状改善は、痛みやコリを取り除くことを意味しますが、健康を手に入れることは、症状に悩まされることなく、毎日を笑顔で過ごすことを意味します。
施術で症状が改善されるのは当たり前。私たちが欲しいのは、その先にある夢や希望が持てる健康的な毎日。何度も起きられなくなった経験をもつ私だからこそ、この方法で多くの方を元気にしたい。
膝の痛みを取るだけでなく、膝の痛みを感じることなく、また走れる喜び
そして諦めていたマラソン大会に出場する
あおば整体院は、そんな夢を叶える場所にしたいのです。
ぜひ、私たちにあなたの夢や希望を聞かせてください。そして二人三脚でそのゴールに向かって歩いてみませんか。
何度もくり返す痛み、コリでお悩みならお気軽にご相談ください。
これまでの人生経験と強い想いで、心をこめて対応します。