
今から30年以上も前、スポーツクラブのインストラクターとしてわたしの社会人生活がスタートしました。
その後、25歳で営業マンへ転職し約15年のサラリーマンを経験。
40歳をむかえた時、強い想いを持ち治療家を志すことを決意しました。
わたしが『人生後半を治療家として過ごす』と決めたのは、ある大きな出来事がきっかけでした。
ある朝『突然起きられない』
15年ほど営業マンとして勤務をしていましたが、仕事としては、『やりがい』だけでなく『ストレス』も大きな仕事でした。
営業成績によって給与が決まる。
そんなルールの中での仕事だったので、数字に追いかけられる日常。
順調に成績をあげている時はよいのですが、結果がでないと。。。
それでも必死で努力をかさね昇進もし、同年代のなかでも高額の給与を得るまでに。
しかし、昼夜かまわず働いてきたツケが身体に。
わたしは。。。ある朝、突然起き上がれなくなってしまったのです。
それからいくつもの病院をまわり、多くの検査と薬漬けの日々。
しかし仕事は休めず、騙しだまし勤務を続けるも症状は改善しない。
そんな病院まわりを繰り返したわたしにある宣告が下されました。
医師からの宣告そして整体院
10件目くらいの病院を受診したとき、医師から告げられた言葉は。
『もう治らないから一生付き合っていくしかない』
症状を治すことを目指し、何軒もの病院をまわっていたわたしにとって
この言葉はさまに『死刑宣告』一瞬目の前が真っ暗になりましたが諦めきれず、たどりついたのがある整体院でした。
その整体院での治療は、これまで経験したことない薬以外の治療で、不思議な感覚を覚えたことを今でもハッキリ覚えています。
そして先生たちの『温かい手』や『やさしい言葉』はわたしの心を救ってくれました。
こんな経験をしたわたしの胸に、ある想いが芽生えるのは自然な流れでした。
人生の後半をささげる『志事(しごと)』
わたしと同じ営業マンそして多くのサラリーマンが『似たような悩みを抱え頑張っている』に違いない。
そんな多くの方を『今度はわたしが励ましたい』
これまで受けてきた恩を、これから世の中に返していく。
そしてモノやサービスではなく『健康の大切さ』を伝える営業マンになろうと。
この伝えることは、仕事ではなく志事(しごと)として、人生後半をコレに捧げようと。
そう決意し、治療家を育成する専門学校の説明会にいくつも足を運び、選んだのが『大川カイロプラクテック専門学院』でした。
そして入学をしたわたしを待ち構えていたのは、多くの涙でした。
くやし涙を何度もながす修業時代
2年制の学校生活、最初の1年半は会社員とかけもちをしながらの通学。
卒業後は自分の院を持ちたいと考えていたため、残りの半年はインターンとして学校の運営する直営の整体院で修業を。
膨大な座学と実技もありの状態で、まさに『3足のワラジ』。
睡眠時間が3時間、休日はなし、それでも志事として選んだ道
迷いはありませんでしたし、とても充実した日々でした。
仮にインターンでも、現場に出れば新人かどうかは関係なし。
技術も未熟な状態で、現場で冷や汗をかくのは当然、ツライ思いや経験も数しれず。
なかなか患者さんを改善させることができず、帰宅してから人知れずくやし涙を流したことも一度や二度ではありません。
そんな経験も、今となれば一人前の治療家となるための通過点だったのかもしれません。
こうして経験をかさね、いよいよ自分の城をもつことに。
開業とあらたな想い
修業時代の努力のかいがあり、2013年には専門学校が運営する整体院を神奈川県藤沢市でオープン。
開院1年後には、大手クチコミサイトでは神奈川県1位の評価を頂くまでに。
週末は予約が取れない整体院で、スタッフ3名を雇用するまでに成長。
と順風満帆に見える治療家人生のようですが、これが裏目に。
繁盛店をいいことに『症状を取り除く』ことばかりを追い求め『真の不調原因』にアプローチできていなかったのです。
このような治療をつづけたわたしに、厳しい現実がむけられました。
一度楽になった(治った)患者さんが、再発し来院するケースが続発してしまったのです。
これでは、患者さんに健康を届ける営業マンどころか『その場の痛みを取るだけの人』なってしまう。
これはわたしの志事(しごと)ではない。
そう考え、治療技術や施術方法を見直し、検証しまた修正するが変化なし。
過去の患者さんのカルテをすべて見直し『何が原因か?』を追求。
そんな必死の苦労もむなしく、打開策が見いだせないまま時間ばかりがすぎていました。
それでも、ようやく光が見えるまでになるまで約3年の月日が。
あらたな治療法の開発
1万人以上のカルテを見直し、たどりついた治療法。
それが『身体再生プログラム』です。
再発しにくい身体をめざしたこの治療法は、医師や管理栄養士といった医療のプロとも提携し行うという、国内でも例をみない内容。
専門学校が運営する直営の整体院では、このスタイルでの治療は行うことが難しく、2019年に三軒茶屋の地であらたな整体院をオープンするに至りました。
『患者さんに健康を伝える』ことはもちろん『一生寄り添えるパートナー』こんな理念をかかげ。
Life Medial Care三軒茶屋あおば整体院の院長として、来院される多くの方の健康をサポート。
今まさに『志事をしている』と実感しています。